回転する手品師

意味はない

リエラ

撮りためていたマジック番組の録画データを頑張って復元していたとき、ある有名な番組を見つけた。ちょうど同時期に某所で種明かし議論が白熱していた。なんとなく全編見返した。

 

Breaking the Magician's Code

「破られたマジシャンの掟」

マジシャンならば知らぬ者はいないであろう、かのヴァレンチノによる種明かし番組だ。FOX社が放送したこの番組はマジック業界に大きな衝撃を与えたと噂聞く。ヴァレンチノが来日し特番を作った時はさぞ日本も荒れたのだろう。マジェイア氏がブチ切れている文章を読んだ記憶がある。当時私はマジック好きのただの子供で、その番組を見ていたのを覚えている。なんならそこで解説された種も未だにいくつか覚えている。ナポレオンズがサンタクロース使ってピグモンな人体切断やってたなぁとか。いや私の思い出話はどうでも良い。その特番の方でもなく、元の番組をFOX Japanが邦訳したものが同社から放送されていた(今は知らん)のをご存じだろうか。その録画データが発掘された。頑張って抽出して復元を試みたところ、第一回放送全部と第五回放送の後半部分は失われてしまったものの、一応見る事はできた。さっきググって調べた所、ヴァレンチノが出たのは最初四回で、第五回放送は別人によるものらしい。なるほどなあ。

 

第一回を見れてないのは致命的だが、それでも見返していて驚いた。番組構成があまりにも悪意に満ちていたからだ。以下に、第四回放送のラストでヴァレンチノが語った内容をそのまま書きおこす。

 

こんばんわ。
長い間マスクの下に素顔を隠し、マジックの種を明かしてきました。
番組を続けるためには、このマスクが必要でした。
私の正体については、色々と言われています。
そこで、今夜はこのマスクを取り、皆さんの疑問にお答えしたいと思います。
私がなぜここに立っているのか、そのわけを皆さんに知ってもらいたいんです。
今になってマスクを取るのは、番組を盛り上げようという使命感でも、仲間に対する罪悪感からでもありません。
皆さんに、私がマジックを愛していることを、だからこそこういう選択をしたのだということを分かってもらいたいんです。
近頃人気を集めているのは映画やテレビゲームで、マジックは忘れられつつあります。
なんとかしたいという危機感から、この番組を作りました。
皆さんに、初めてマジックショーを見たときの驚きと興奮を思い出してほしい。もう一度あの感動を思い出してほしい。
番組が初めて放送された翌日、人々は職場や学校、家族の団欒でマジックの話をしました。
下火になっていたマジックが、再び脚光を浴びたのです。
私は13歳でプロのマジシャンになりました。
町中の学校を回ってマジックを披露したものです。
私はいつも少しだけ種明かしをしました。そうすると子供が喜んだんです。とてもね。
子供は種を知ることで、マジックをより身近に感じます。もっと好きになるんです。
マジックの仕掛けを知ったらつまらないと?そうは思いません。
この番組を見てマジックがつまらなくなったでしょうか。
いいえ。それどころか好きになったはずです。これまで以上に。あなたもきっとそうでしょう。
たとえ仕掛けを知っていても、マジックは楽しめます。
観客を惹きつけてやまないのは、マジシャンの見せるパフォーマンスだから。
たとえばデビッドカッパーフィールドやランスバートン、ペン&テラー、彼らはまさに、華麗なパフォーマンスで観客を魅了し、自在に笑わせ、身震いさせ、驚かせます。
マジシャンはみなそれを目指しているのです。
もちろん私も。

(ここでマスクを取る)

正体はヴァレンチノでした。

最後に一つだけ言っておきます。
マジックはすべての人が楽しむものです。
決してマジシャンだけのものではありません。
私たちみんなのものです。
特に子供たち、君たちがマジックの未来を担っています。
この番組をきっかけにしてありきたりになったマジックが過去のものとなり、新しいマジックが生まれてくることを願っています。
さらなるスケールをもって、マジックの新時代を築きましょう。
私も前進あるのみです。
この次は、今までにない斬新なマジックをお届けすると誓います。
スリルと感動のマジックです。
皆さんにマジックを少しでも楽しんでもらえればうれしいです。
どうか忘れないで。マジックは私たちみんなのものです。
それでは、またお会いしましょう。

 

これを読んでどう感じただろうか。人によって様々だろう。確かにこんな言葉をプロのマジシャンが公共の電波の載せようものなら、恨まれるのも仕方ない。あまりにも良くできた台本だと思う。

 

この番組、まず案内役(ナレーション)が「今宵は〜」とか言いながら登場して、マジック界の掟を破るだの煽るところから始まる。そしてヴァレンチノはマスクドマジシャンとして登場して、一言も喋らず淡々と演技をし、種明かしをする。そんな調子で迎えた第四回。その最後の数分でヴァレンチノがさっきの演説をする。マスクドマジシャンは何者かという最大の謎が解き明かされて、番組は終わる。

…なぜヴァレンチノはマスクを取る必要があったのか?なぜマジシャンの神経を逆撫でするような演説をしたのか?あの番組で暴露された種は今でも十分に通用するものも多く、暴露することによる業界の損失が果てしなく大きいことはマジックをある程度やっていれば分かるはずで、それはヴァレンチノとて例外でないはず。

この番組は多分そういう台本だったんだろうなと、今見ると思う。だからと言って同情するつもりはないけれど。