回転する手品師

意味はない

手品は隔離しろ

私のように安い賃貸に住んでいる人ならば、契約書を読めば間違いなく楽器禁止と書いてあるだろう。仮に田舎の一軒家だったとしても、楽器を使うならご近所に配慮して防音窓にするとか時間に気をつけたりするのが普通だ。もちろん、楽器を弾く人のための建物も存在するわけだが、楽器可の契約書を交わしたことがある人はさほど多くないだろう。芸大音大の近辺にはそこそこあるらしいと聞く。自宅にピアノがあったり、あるいは近所にピアノを持っている家庭があった方ならわかると思うが、ピアノの音で近所迷惑になりがちなのは音色ではない。打鍵音がよく響くのだ。管楽器で耳障りなのは低音楽器で、打楽器は打ち付けた衝撃が地面を這って遠くへ届く。

ところで手品の練習をしていて隣人から文句を言われるのが通過儀礼と言われているが、これは甚だ問題だ。文句を言われる手品は色々ある。特に大きな原因が、コインやリンキングリングや四つ玉などの道具自体がうるさい手品である。冷静に考えよう。手品でうるさい場面、これは大抵何かを打ち付けた時の音だ。コインとテーブル、カップカップ、リングとリング、ビリヤードボールと床…。ふむ、これらの行為はもう打楽器と同じといって過言ではないのではないか。打楽器の中には鉄琴という楽器があることは皆も知っているだろう。あれは金属製の鍵盤をマレットと呼ばれるバチで叩いて音を出すのだが、マレットが何製なのかご存じだろうか。出したい音色によって様々な材料があるのだが、まあ、一般的なものは木製で、外側に毛糸が巻いてある。契約書を交わさねばならない楽器ですら、金属と毛糸を巻いた木なのだ。にもかかわらず、手品師は金属製の輪っかを力任せにぶつける。恐ろしいことだ。あなたの隣に頭のおかしい打楽器奏者が住んでいて、夕飯時になって突然丸いトライアングルを2つぶつけまくっているところを想像してみよう。迷惑だ。とても迷惑だ。リンキングリングを練習している諸君、君たちは頭のおかしい打楽器奏者だ。猛省したまへ。一応対策はあるようで、例えばベッドの上に胡座をかいて頭から布団を被ってリンキングリングの練習をしている人を私は1人知っている。しかしこれではあまりに味気ない。我が子が寝静まったのを見計らって情事に励むような背徳感は、手品には必要ないと思うのだ。もっと開けっぴろげに練習したいはずだ。床にガチャガチャと色々落っことしたいはずだ。金属カップ同士を貫通させたいはずだ。そんな欲に勝てずに日々隣人に謝り倒している全国の手品好きが増殖してしまうと、世の中が変わらざるを得なくなる。例えば、不動産の契約書に手品禁止と書かれる日が来るかもしれないのだ。

20xx年、手品が一般的な趣味として広く普及した時代。手品師は住む場所を失った。