回転する手品師

意味はない

シルバーウルフコインというマジック用銀貨をご存知だろうか。そのレビューを置いておく。

 

オリジナルコイン製作委員会

 

まず、私が持っているのは第1回受付時のものだ。初回ロットというやつ。なので今入手できるものと同じものではないかもしれない(そもそもコンスタントに販売しているわけでもないし、なんなら今後入手の機会があるとも限らないのだが)。ただ、多分さほど変わらないと思う。というのも、このコイン明らかに価格設定がおかしい。安すぎる。この価格この販売数で研究開発費をペイできるわけがない。どう考えても、初回販売から現在に至るまで”更なる改善のための研究”なんて続けられるわけがない。それくらいなら新規製品の開発を手がけるだろう。なので、おそらく品質は変わってないか、変わっていたとしても小さいと思う。このレビューの内容も当分の間はそれなりに通用すると思う。

あと、私が持っているものは経年加工をされていないものである。おそらく多くのユーザーが経年加工されたものを買っているし、こだわりがなければ経年加工の方を買うべきだと思う。なのでその点ではあまり参考にならない部分も出てくるだろう。

 

カタログスペックについては最初に貼った公式ページを見てほしい。

 

・デザイン、外観

こればかりは個人の好みの問題としか言いようがない。格好つけすぎだという意見が散見され、メダルみたいだという意見も目にしたことがある。個人的にも、もう少しシックなデザインの方が嬉しかった。ただ、純銀の上品な白さのお陰で全く気にならない。こればっかりは実物を触らないと伝わらない。

買った当初は鏡面のように滑らかで、平面部分には当たり前のように映り込みがあった。これは半年も使うと良い感じにくすんできた。

余談だが、私は過去に何度かコインマジックのことを「メダルを使ったマジック」と表現されたことがある。日本円を使ってない時点でそう思う人も少なくないのだろう。演者本人の気分はともかく、観客にとって表面なんてそんな認識なのだと個人的には思っている。

 

・径

絶妙。(この説明しているようで何も言っていない単語を使うことを許してほしい。)

私自身36mmのものを触ったのはこれが初めてだった。ハーフの技法もダラーの技法も使いまわせるサイズで、部分的に使いづらくなる技法があるものの、おおよそなんでもできる。ハーフと比べると単純に大きいので、良い意味でも悪い意味でも見えやすい。ダラーと比べたときはその逆。あたりまえか。

 

・厚さ

薄い。ハーフよりも少し厚い程度なので技法の感覚がつかみやすい。私はスタックをダウンズパームやエッジグリップの類のポジションに入れるのが好きな人間なのだが、このコインは薄いため複数枚保持も余裕。パーミングコインのように薄すぎることもないため容易に分割もできる。

正直なところ好みが分かれると思う。技法の観点から見れば申し分ないが、やはり重厚感はない。

 

・重さ

とても軽い。目で見て実際手に持った時のギャップが凄まじい。この違和感に慣れるのにちょっと時間がかかった。まあでも、ハーフより重さはあるため軽すぎて扱いづらいという事はない。重力に逆らう技法はやり易く、重力利用技法では癖が強く出てくる。パーム疲れが小さいため持久力に優れる。利点欠点それぞれあるが総合評価でプラスになる印象。慣れりゃ使いやすい。

 

・表面状態

公式でも言及されている通り、表裏での摩擦差が大きい。ウルフ面は平面的で指との摩擦が強く、シールド面は弱い(公式ではフェイス/テイル表記になっているが、分かりにくいので本稿ではウルフ/シールド表記とする)。乾燥肌の影響がどれほど出ているのかは分からないが、使っている感じかなり差がある。フィンガーパームから親指でコインを押し出す等の場面で気になる。とは言え、技法のできるできないを左右するほどではない。もちろんこの性質をうまく使い分ける事も可能だろう。

評価に困る。少なくとも、現状の私は特に嫌だとも良かったとも思わない。乾燥肌でもともと摩擦系の技法を使わないからね。引き込むタイプのリテンションバニッシュなんかは表裏依存あるのだろうか。

 

・エッジ

購入当初は非常に鋭く、痛かった。いつのまにか気にならなくなっていたので、使っていれば自然と馴染んでくるようだ。ギザがしっかりしているのであらゆるパームでしっかりホールドされる。磨耗していないギザは安定感が違う。パンプキンシードバニッシュはちょっとやりづらい。

 

・構造上の特徴

おそらく重さを減らすためなのだろう、シルバーウルフコインはとても面白い構造をしている。

普通の硬貨を「金属製の円盤に模様を盛ったもの」と例えるとして、シルバーウルフコインは「金属製の円盤から模様を削り出した」構造をしていると表現できる。また彫刻の深さが一般的な硬貨と比べて深い。

この性質から使用上の特徴が現れる。端的に言うと、引っかかりが発生しやすい。指の爪や別のコインなどが縁に引っかかる。とはいえ技法に支障があるほどではなく、一部の技法でカチカチと音が鳴りやすい程度。

 

・音

詳しいことは知らないが、作りたての銀貨は綺麗に音が響かず、それなりの時間を置かないといけないらしい。

購入時は、ぶつけたり擦り合わせたりした時にチャキチャキという独特の音が鳴った。決して良い音ではない。また響きが持続する事もなかった。この時点での音の評価は最低値といっても良いだろう。

購入から半年経っているが、毎日触っているので具体的な変化が分からないというのが正直なところ。改善されていると思う。それでも、現時点でも他の銀貨と比べると音の質は著しく低い。

何年ほどで理想的な状態になるのかが気になる。少なくとも半年ではない。また前述したようにこのコインは大きく肉抜きされているため大きさに対する金属量が少ない。最終的な音にどこまで期待して良いのものか疑問が残る。

 

・銅貨

セットには純銅貨も含まれている。同じ寸法同じ模様なのはマジック的にありがたいだろう。使用感は銀貨と同様、重さも見た目に対して軽い。銀貨と比べて、色的に小さく見える上、輪郭や陰影が見やすいこともあり、重厚感のなさが際立っているように気がする。気のせいかもしれない。

純銅のためかものすごいスピードでさびる。磨かれた銅の美しさや、使い込むほどにくすんでいく過程を楽しむ間もなかったのが個人的に残念ではあった。この性質のおかげで、さほど触っていないダブルフェイスコインとコンディションが勝手に揃ってくれる。

 

・ダブルフェイスコイン

非常に高品質。売られているのはシールド面同士のものだが、販売形式的に考えて無理にお願いすればウルフ面同士やウルフ面/シールド面のものも作ってもらえる気がする。

私は安物のダブルフェイスコインしか触った事がないためあまり比較検討できないが、それでもこれは良いものだと分かる。ぶつけた時にしっかり金属音が鳴るため、レギュラーコインと一緒に握っても違和感がない。また重心の偏りがなくレギュラーと同様に扱える。ギザを後入れしているらしく、エッジにも違和感がない。

 

・ギャフに関すること

現状シルバーウルフコインのギャフはダブルフェイスコインとカラテコインしか無い。今後の展開を匂わせる発言も見られるがどこまで信頼して良いのか。例えばシェルは、構造的に高さが出すぎてしまうように思うのだが。

あと、ぶっちゃけ今さらギャフが発売されてもコンディションを揃えるのに苦労する。

 

・経年加工について

何かこだわりがない限り基本的に経年加工品を購入すべきだ。擬似ソフト状態らしく、マジックをする上で非常に都合が良い。また構造に起因する引っかかり音がある程度改善されると推測される。写真を見る限り、経年加工されたシールド面がとても上品で美しい。追加購入や新規アイテムが出ても経年加工品であればコンディションを揃えやすいだろう。

 

・価格

どこに基準を置くかよる。

古銭としての価値がどうだの、地金純銀貨であるアメリカンシルバーイーグルと比べてどうだの、36mm銀貨がどうだの。納得いかないなら買わなければ良い話。

個人的には、冒頭にも書いた通り研究開発費を考えると安すぎると思っている。マジック用の銀貨としてのスペックは十分であり、銀貨5枚+銅貨1枚+DF1枚で約40000円はマジック相場的に安いと思う。この価格で販売され続けるとは思わないが。

 

・総評

とにかくスペック優先で設計されたコインという印象。マジックで使うにおいて不満はほとんど無く、あらゆる場面で非常に高いパフォーマンスを発揮できる。一方、持っている喜び、眺める喜び、使う喜びといった部分は弱い。アンティークでないのもそうだし、軽さと薄さ(と音)がどうにも高級感を削ぐ。また販売形式が限定されている点とギャフの少なさも手痛く、その点で他の銀貨に大きく劣る。

マジック用銀貨の一つの結論と言えるとても完成度の高いコインである。価格も悪くないので、ハーフ以外を使いたくなったらまずシルバーウルフコインに手を出してみるのも良いだろう。これからのスタンダード…とまではいかないが、選択肢の1つとしてかなり有力なコインだと思う。