回転する手品師

意味はない

補足

前回記事のやつの補足と理論関係の雑な解説です。
数字はお題に該当するっぽい部分のフレーム数です。なんとなくそのフレーム周辺の話だ、くらいの認識で良いかと。


0.「この技法はどういう使われ方を想定しているのか ― 手元が観客の注目下にない状況での利用を想定しており、凝視されている状況は想定していません。」
このことについてじっくり考えたことがない人には読み飛ばせてしまう考え方だったかもしれません。
観客の注目下に“ある”状況を想定している技法については本題から外れるので割愛しますが、リテンションバニッシュとかその辺のやつですね。
大半のフォールストランスファーは観客の注目下に“ない”状況での利用を想定しています。しかし、「観客の注目下にない状況を想定して」いても、そこに最適化した調整をされている技法は稀です(少なくとも今パッとは思いつきません。ないかも)。これには理由があって、ある程度以上の数の観客を相手にするとき、観客の注目を完全にコントロールすることが困難である以上、注目下にないことを前提にして組み立てられたあらゆる策略は机上論以外の何物にもならないからです。またフォールストランスファーは「普通の動きに見せかけて、実際にはそうではない操作をしている」タイプの技法であり、いわゆるシークレットムーブとは異なる技法ですから、シークレットムーブ的な調整、策略を用いるわけにはいきません。
そのため多くのフォールストランスファーは「観客の注目下にない状況を想定しているが、仮に注目されていても十分に耐えるだけの“自然さ”を確保し、またその自然さによって注目外からの疑いを回避する」という調整がなされています。
この調整、個人的にはあまりしっくりきません。
この調整をした場合、手元を注目している観客は「確かに渡した」と認識します。これは良いでしょう。しかし注目していない観客は「何を行ったか(=コインを渡したこと)」を見逃す可能性があります。より厳密に言うと、見逃して、直後に短期記憶から情報が補完されます。「短期記憶から情報が補完される」、いわゆる記憶の改竄の手続きは、私たちがミスディレクションと呼んでいるテクニックの一部がこれに該当するわけですが、手品における非常に大切な原理の一つです。この記憶改竄手続きは、あたりまえのことですが最後は観客自身が遂行せねばならないわけで、時間を要します。そしてその所要時間は観客によってまちまちです(とはいえ一呼吸ほどもあれば十分ですが)。
私たちが使っている手品理論の多くは古いものであり、クロースアップでは観客とのコミュニケーション(言語非言語問わず)によって演技が進んでいた時代のものです。現代ではサイレントアクトや動画上でのマジック、それらやフラリッシュ(今はカーディストリーと言うんでしたっけ?)に影響される形で生まれたスピーディースタイリッシュな手順構成などが巷に溢れています。それらの演技の中で観客の短期記憶は果たしてパンクしていないでしょうか。ぶっちゃけパンクを狙ったような手順構成も多いですが。
ああ話が逸れた。つまり私が何を言いたいかというと、先の調整を行ったフォールストランスファーは、手元に注目している観客としていない観客とで演技に対する認識や感じるテンポがずれてしまい、それが「なんか嫌」なんです。だからしっくりこない。思いっきし好みの問題ですけど。
そのため解説した技法は「観客の注目下にない状況を想定しているが、仮に注目されていても十分に耐えるだけの“説得力”を確保しつつ、注目外にも伝わる程度のパントマイム的な“誇張された自然さ”を演出する」という調整をしています。手元に注目されている場合は説得力さえ確保できれば(動きに積極的な疑う余地がなければ)自然さは多少(あくまで多少ですよ?)無視しても良く、手元に注目されていない場合は誇張された自然さにより観客の認識に強引に働きかける。フォールストランスファーに“理想的な自然さ”は不要かもしれない、という考えによる調整案です。この調整だと、観客が手元を注目しているかどうかに関わらず、全く同じタイミングで「コインを渡した」ことを認識させることができます。
この調整のために採用しているのが「引っかかり」演出です。わざと大仰なカクンという動きをすることで「今」「コインが渡った」ことを全体に周知しようとしています。そしてバランスのとり方が難しくてよく分からない、というのはあっちのテキストに既に書いたことですね。
「引っかかり」演出以外での調整について、以降を読んでもらえれば気付けると思いますが、どうやって錯覚を生み出すかという部分は色々考えている一方で、いかに自然な動きにするかという部分の考察はほとんどしていません。今回の技法は開始時と終了時にはそれなりに自然さを表現し、技法中は自然さをいくらか犠牲にして錯覚効果を優先しています。技法を行う約1秒間、少し不自然な動きになるわけです。この技法はシークレットムーブではなく、凝視に対する説得力を確保しており、その上で注目外に対して動作(「怪しいことをしたこと」という意味ではなく「何かをした=コインを渡したこと」という意味です)の存在をアピールしたいという方針によるものです。

1-6.コインの持ち方
できる人にとってはなんでわざわざ解説しなきゃいけないのか分からないレベルの超超超絶基本。でも誰も教えてくれないんだよなぁ。フレンチドロップが苦手な人の98%はコインと指が垂直になっていて、指が観客方向を向いているので気を付けてください。
実際持ち方変えて試してもらうと分かると思いますが、コインの落下軌道、それを右親指が邪魔するかどうか、落下後のコインの位置とパームとの互換性、演者から見て左側からのフラッシュの危険性、肘や肩のこわばり等々、色々変わってくると思います。持ち方大事です。フレンチドロップは全体的に斜めな感じの技法です。

1-14.右手親指を見せる必要があるか
ありません。いろんなところでよく見聞きするクソ理論で「フレンチドロップするときの右手親指はコインの下にあることをしっかり見せた方が良い」「~右手の中が空なことをしっかり云々」みたいなのありますが、クソなので従う必要はありません。
......真面目な話をすると、四ツ玉のフレンチドロップはそういう動きになります。当然コインでも同様の動きでフレンチドロップができます。その場合先の理論は正しいです。ただし、四ツ玉方式のフレンチドロップで親指が下にあることが見えない、あるいは手の平側が見えない状況は、そもそも無理のある体勢をわざわざ取らなければなりえません。四ツ玉方式のフレンチドロップを採用したい方でもこの理論を覚えておく必要は皆無です。
おそらく四ツ玉を行うサロン~ステージの場で、演者が動き回る状況に際して生まれた理論なのだと思います。どうであれコインを扱う上では無縁の理論です。忘れましょう。

1-16.開いた指を閉じていく
技法開始時は両手の指は軽く開いておきます。最初から閉じておくのは怪しい、というより閉じておくべき理由がありません。そもそもフレンチドロップは何らかの流れの中で行うことの多い技法ですから、開始時はそれなりにラフな手の形をしているはずです。
右手は手が接触するタイミングに合わせて閉じていきます。そして手が接触すると(=右手が閉じると)コインが落ちるわけです。あまり難しく考えず、今は指が開いているけど、そこにあるコインを取る時は閉じた安定した状態で取りたい、という普通な感じで動かしましょう。指が中途半端に空いたままだとコイン取りづらいでしょ、それっぽく指くっつけたいでしょ、みたいな感じ。そしたら自然とタイミングが合います。そういう構造の技法になっているので。
左手は落下したコインを受け止めるタイミングで閉じます。フロントパームで受け止めるイメージでやると良いです。なんならフロントパーム使ってもいいです。このタイミングなら左手の指の多くが右手に遮られて動きが見えず、左人差し指が右小指薬指の段差にはまるタイミングが丁度手の中のフラッシュを隠せるタイミングになります。

10-44.コインを持つ位置と目指す手の形
これについては以前別の記事でニュートラルポジションが云々とか喚いているのでそっち読んでください。

13.コインのリリース
押しのけるとは言っても大きく動かすわけではありません。接触した際のごく僅かな揺れで落とします。
コイン慣れしてない方のために、念のため。

16-28.リリースしたコインの位置
しばらくパームには入れません。パームに入れてもさほど問題はないと思いますが、すぐにパームに入れるメリットはおそらくありません。後でパームに入れる方がよほど楽です。
リリースしたコインは小指に乗せておきます。フロントパームから人差し指を外した状態、天海ドロップの時に経由するポジション、と言えば伝わるかと思います。かなり安定します。手が離れて左手が暇になってからのんびりと指を曲げてフィンガーパームしましょう。

14-27.親指の腹の肉をつまむ
話が後先になりますが、フェイクテイクは静的効果を利用した技法であり、コインの形質を錯覚させる必要があり、そのための「○○しているふり」は大抵の場合エアでパントマイムする必要があります。でもそれってすごく難しくないですか?ということで親指の腹の肉をつまみましょう。コインの形や硬さ、指の形やこわばり、コインの受け渡しが起きる(ことになっている)位置の表現、所要時間、全部勝手に完成します。微調整も直感的にできます。めっちゃ楽!!!!ついでに「引っかかり」の布石にもなります。

21-28.動的効果と静的効果
フェイクトスは動的効果を利用した技法です。コインを動かし、その動きに錯覚を伴わせることで技法を成立させます。そのために投げ渡す手の動きや脱力感、受け手の反動や握りこむ動きといった部分を作りこみます。
フェイクテイクは静的効果を利用した技法です。コインに大きな動きはなく、そのためコインの形質的特性を表現することで錯覚を起こします。コインの重さや硬さや大きさ、それを持つための手はどうなるのか、という部分を作りこみます。
この2つはフォールストランスファーというまとまりの中でも致命的に性質が異なります。そのためフェイクトスに静的効果を組み込む意味は薄く、フェイクテイクを動的効果で構成しようとしても無理が出ます。
また、技法研究は動的効果(フェイクトスの考え方)に関するものが多く、静的効果(フェイクテイクの考え方)が重視されていない現実があります。そのためフェイクテイクに動的効果を活用する試み、つまりフェイクトスの理論をフェイクテイクに適用しようという試みはしばしば見かけますし、実際に動的なフェイクテイクを使っている人も少なくありません(例えばデビッドロスのフレンチドロップは動的フレンチドロップです)。そういったものの結果としての動的フレンチドロップは、擬音を充てるなら「ヒョイッ」という感じの、抵抗のない軽い動きになります。動的フェイクテイクは動的フェイクトスに比べて圧倒的に錯覚が弱く、技法として優れているとは言い難いです。他技法の兼ね合い等の事情がない限り、フェイクテイクを使うなら静的効果を活用すべきですし、動的効果を活かしたいならフェイクトスを使うべきです。
余談ですが、リテンションバニッシュは静的技法の代表格と言えるでしょう。リテンションバニッシュはガラパゴス的に色々研究されていますから、その辺の理論を引っ張って来たらまた違う世界が見えるようになるかもしれません。問題は理論をまともに考察してる資料がどれほどあるかというとこですが......
さらに余談で、動的効果による錯覚と静的効果による錯覚は全く別種のものですが、どちらもを特に区別することなく「残像」と称する謎の文化があります。このせいで解説に残像という単語が出てきたとき、それが動的効果を意味するのか静的効果を意味するのか、それとも勘違いの末に生まれたキメラ理論を意味するのか、文脈から判断する必要が出てきます。百害あってな感じなので使うのやめた方がいいと思います。

21-28.両手はしばらく離れない
コインをつまんだ形のまま両手はしばらく離れず動きます。静的効果を引き起こすためです。
ここでは両手は必ず“動いて”ください。離れない≠静止する、です。動画左画面を見ると分かると思いますが、この間両手が少しずつ移動しつつ、左手の角度が変わっています。あくまでのんびり慎重にコインを受け渡しているかのように装う、コインが両手の動きに対して支配的に働いているよう見せかける、そこにコインがあるからこそ取りうる手の位置関係を偽装し観客に認識させることで、静的効果が生まれます。

28-35.両手が離れる
開くように離れます。ここに関しては正直どうでもいいです。右小指と左中指の接点を支点にして開く、という基準があると楽だという以外に理由はありません。練習の時は開く動きでやっておけば色々タイミングを掴みやすいでしょう。慣れたら好きにしていいと思います。

 

文体がアレだし全体的に雑なので悩みましたが、前回記事にこっちへの誘導を追記しときます。